HERO!が地元のヒーローに任命された日

都内で味わえる地方興行の風景…HARASHIMA凱旋興行DDT青梅大会に2年連続いってきた
鈴木健.txt 2026.09.24
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9月23日はDDT・HARASHIMA選手の青梅市凱旋大会へ。昨年に続く2度目の地元興行だが、前回の実現にいたるまでの経緯はこちらをご覧願いたい。

昨年は7月27日と夏の開催で、会場の住友金属鉱山アリーナ青梅はもともと青梅市総合体育館として1980年に竣工されており、さほど空調が効いておらず入場者に紙の団扇が配られた。それが昭和のプロレス会場っぽく、都内でありながらあの頃の地方興行の趣きを味わえたため、体感した甲斐があったと思える大会だった。

今年の8月末にいったちがさきプロレスもそうだったが、さほど遠出せずとも季節を感じさせる地方のプロレスを、酒場を求めてさまよう吉田類ばりに求めてしまう。ただ、今回は9月開催ということで快適な時期。一般の方々にとっては、いいコンディションの中で観戦できたと思われる。

あいにくの雨模様だったが、最寄り駅のJR河辺(かべ)からは歩いて5分強なのですぐに到着。新宿より一本でいけるので、感覚としては関内の横浜武道館やラジアントホール、千葉の2AWスクエアにいくのとなんら変わりはない。

アリーナへ入ると、HARASHIMA選手の「OmeBluePR大使」就任式がおこなわれていた。1歳年下の同世代でもある大勢待利明(おおせまち・としあき)市長から任命状、OmeBluePR大使名刺、観光資料が授与。

DDT ProWrestling
@ddtpro
本日の主役HARAHSIMAがOmeBluePR大使に就任!



⬇️視聴はこちら

wrestle-universe.com/ja/lives/7GVGN…



#ddtpro
2026/09/23 13:23
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父の仕事の関係で、子どもの頃は4年ごとに引っ越していたHARASHIMA。昭島市で生を受けた以後は目黒区→神奈川・秦野市→東村山市と移り、姉が高校へ入るタイミングで「高校の転校は大変だから」と青梅に定着した結果、もっとも長く住んでいる街となった。成人式もこの体育館で迎えただけに、居住経験がある中でも地元意識が一番強い。

それだけに、大使に選ばれたのが心底嬉しそう。これもプロレスラーになったからであり、リング屋のアルバイトでDDTへ出入りしていた時にやってみないか?と誘われ、そこで断ったらこうはならなかっただろう。マスクマン・HERO!となっての活動時期もあったが、本当に青梅市のヒーローへ任命されたのだ。

昨年も今年も「たくさんの皆さんの応援、支え、お力添えがなければ大会を形にすることはできませんでした」とHARASHIMAは言う。前回は1試合を除いて、今年は全9試合すべてのカードに地元各企業の協賛がついた。これを集められるところが、ちゃんとしている。

で、その昨年協賛がつかなかった試合とは男色ディーノ絡みだったわけだが。それが今年はコクピット青梅有限会社様という、すこぶる理解度の高い企業に名乗りをあげていただき無事、男色vsアントーニオ本多vs平田一喜の3WAYマッチはおこなわれた。

ただ、それを無事と言っていいものか…入場時、リングサイドで観戦していた大勢待市長の青梅を代表する唇を、ディーノが見逃すはずはなかった。

去年も試合後の退場時にリップロックを食らっているため、市長もある程度警戒はしていたと思われる。ただ、入場時にさっそく来るとは想定外だったようで、周辺にはSPも配置されておらずフルコンタクトでもらってしまう。

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