在宅シャクシュカを食しつつイスラエルの素顔に思いを馳せる
我が家では今ほどビデオ・オン・デマンド・ストリーミングメディアサービスが爆発的に普及するよりも少し前にNetFlixへ加入し、主に映画と動物モノ、グルメ系番組がお目当てで見ていた。今ではそれ以上に幅が広がった中、2018年にシーズン1が配信された時から追い続けているのが「腹ぺこフィルのグルメ旅」だ。
アメリカのテレビ作家&プロデューサーであるフィリップ・ローゼンタールがおいしいものを求めて世界中を旅する番組で、その人当たりのよさととぼけた感じが人気の秘訣となっている。これを見て初めて知る料理もあり、食べ物以上に惹かれるのが世界中の都市の風景。私は中東と東南アジアへの関心が高く、一般に流布されるイメージとは違った庶民目線の実像を学べる。
当然、同じ料理を提供する日本国内の店を探すのだが、タイのカオソーイはありつけたものの、イスラエルのシャクシュカをやっているところが見つからない。あったとしても、番組に出てきたのとはちょっと違うレシピだ。
イスラエルのテルアビブに「ドクター・シャクシュカ」と呼ばれるダスティ・ローデス似のおっさんの店がある。そこのシャクシュカは香辛料入りのトマトソースで辛いソーセージを煮込み、生卵を落としたスタイル。グツグツと鳴き声をあげるフライパンのまま運ばれてきて、パンを浸して食す。
ただ通常、肉類は入れず赤パプリカや玉ねぎなど野菜多めの方が主流らしく、日本でも食べられるのはそちらの方。とはいえすり込まれているのはドクター・シャクシュカVer.なので、これはもう現地にいくか自宅で作るかの二択しかない。
ソーセージに加え、エジプトでは挽肉も入れるのでそちらもぶち込む。見た目はドクターが作ったものに近いものができた。

肝心の味も、想像通りのものになった。辛いので、例によって髪型が変わりましたわ。このようにトーキョーシティーとテルアビブがおいしい食べ物によってつながったわけだが、その一方ではどうにも現実的な情勢も付随してきてしまう。
現在、イスラエルはイランと交戦状態にある。数ヵ月前にもテルアビブは爆撃を受け、空襲警報が発令されるたびに市民は脅かされ続けている。
イランだけでなくパレスチナとの紛争は長期化し、軍はレバノンにも侵攻するなど番組で見た美しい風景とはかけ離れた政局。もちろん、市民はそうした戦争を望んでいない。だからこそフィルは8年前の時点で、料理を通じイスラエルの人々の素顔を伝えたかったのだと思う。
DURAN DURANの1st.アルバムに「Tel-Aviv」というインストナンバーが収録されており、テルアビブと聞くとそのイメージが強かった。どういった由来でこのタイトルになったのかは調べても見つからなかったが、小さい頃に見た国際的事件へ出てくる空港名とつながる。当時発生したハイジャックや乱射事件などのニュースによって、テルアビブ、ダッカ、クアラルンプールなどの地名がすり込まれた。
イスラエルに関しては2009年に作家の村上春樹氏が現地でおこなったスピーチと、それにともなう小説の存在意義について学んだことが今も忘れられない。同国の文学賞である「エルサレム賞」を受賞した村上氏だったが、授賞式への出席辞退を求める声があがった。
「社会における個人の自由に貢献した文学者に贈られる」賞でありながら、前年12月より続けられていたイスラエル国防軍のパレスチナ自治区ガザ地区への武力行使により、民間人を含む1300人以上が犠牲となった。同賞は2年に一度開催のエルサレム国際ブックフェア内で表彰されるものだが、過去にもその政策に反発し授賞式へ出席しなかった受賞者がいる。
そのため村上氏のもとにも「イスラエルがガザでおこなった虐殺などは賞の趣旨に反する」「イスラエルの戦争犯罪を美化している」といった声とともに、不買運動をおこなう警告も寄せられた。それでも氏は授賞式への出席を決意。2月15日(現地時間)、なぜ多くの反対を押しきりこの地へとやってきたのか、約15分間のスピーチで伝えた。
言うまでもなく、村上氏はイスラエルの政策を賛美していない。自分の真意を述べるとしたらその国へいながら、その国に対する批判的メッセージを発さなければならなくなる。比喩的表現や、気を使った言い回しをおこなっても好意的に受け取ってもらえる保証はなく、それこそたった一つの言い間違いが自分の身とこの戦争にかかわるあらゆる者に降りかかってくる。
そんな緊迫感の中、村上氏は「壁と卵」の比喩を用い自分の真意を訴えた(こちらに全文あり)。その冒頭、枕として小説家の定義を語っている。
