大舘裕太は丸藤正道を動かした
いってみたらば本当に名古屋のド真ん中――Hisaya-odori Park メディアヒロバは栄駅より直結しており、申し分のないロケーションだった。位置的には名鉄瀬戸線栄町駅改札前の広場となる。
実はテッド・タナベさんのお墓参りのさい、名古屋へ着くと栄に出て、そこから徒歩で栄町までいって名鉄に乗る。距離的には今池などの方が近いと思われるが、感覚としてはこの日がもっともテッドさんのそばでプロレスが開催されるんだなという気になった。
とにかく正面にそびえ立つテレビ塔(現在の名称は中部電力MIRAI TOWER)を入れれば、どんなシーンも絵になる。大会中の場内解説で、スポルティーバ・エンターテイメントの斉藤涼会長が「メ~テレ事業の社長さんがプロレス大好きで…」と言っていた。
メ~テレ(名古屋テレビ放送)グループ会社の名古屋テレビ事業は、三井不動産と 2024年8月よりメディアヒロバの管理・運営をおこなっている。それならば、もっと早くプロレスとして進出できたのでは?と聞くと「要は野外であるゆえにいろいろと手間がかかるし、デメリットも多い。そのわりにはべらぼうに経費がかかるので」と斉藤会長。
以前にも書いたが、興行を形にする上で必要なものをすべて自分たちで用意しなければならず、有料入場者と無料の区別をつけるにも備品がいる。ましてや野外だと天候に大きく左右される。
そのようなリスクを考慮した場合、立地条件的には最高であってもなかなか手が出せない。だが、愛プロレス博20周年記念大会を大々的にやろうと思い、スポルティーバが相談するとメ~テレと事業者の社長さんが直々にやってきて「ここを作った時からプロレスをやりたいと思っていたんです!」と情熱をぶつけられた。
それで「やっぱり難しいんで…」と諦めるような斉藤会長ではない。今回、開催にあたりクラウドファンディングを実施したが、自力でダメなら名古屋のプロレスを愛するファンの皆さんにも“ ONE TEAM”になってもらおうと思い立った。
開始1時間半前に着くと、快晴。天気には恵まれた。開場前からメ~テレがこの日、丸藤正道と対戦する大舘裕太に密着している。


開始前、ミュージシャン・タマキングさんのミニライブで景気をつける。ブルーハーツと橋本真也が大好きなタマキングさんは一ヵ所に定住することなく、ギター一本を持って日本全国を回り、ライブ活動を続ける。その数、年間250~280本というからすごい。
スポルティーバアリーナや、5月の愛プロでもその声を響かせている。代表曲の『勝ち星』は今回、大舘vs丸藤戦煽りVのBGMとしても使われた。

上の無料スペースから見た第1試合。岩本煌史&澤田功太郎の師弟タッグと対戦したプロレスリング紫焔の堀内綾斗(左)&ボンバー奥野は、いずれもローカル団体の選手としては大型な上に動けるタイプだったので、目を引いた。
堀内がスピアーで澤田に勝利。5月の愛プロで岩本を相手にデビューした澤田は、自力初勝利お預けに。

こちらが無料スペース。真下を見下ろす形での観戦だ。「通りすがりの方々にプロレスを見てもらう」のが今回の目的の一つだったが、実際はほとんどの皆さんが移動することなく最後まで観戦していた印象。それほど惹きつけられるものがあったと言っていい。

コの字型の無料スペースは、上のまた上のスペースからも観戦。メキシコのアレナコリセオばりの急傾斜(あちらは円形だが)。建物の裏は自動車や歩行者が行き交っている。なお、主催者発表は観衆300人(超満員)。有料入場チケットはほぼ完売だった。

第2試合の4WAYタッグマッチでテレビ塔をバックにフロッグスプラッシュを決めた大谷譲二。室田渓人とのコンビで勝利をあげた。

右肩負傷→長期欠場を続けていたスポルティーバの大野龍太郎が6人タッグマッチで復帰戦。製造業、アグリ事業、カフェ事業、高齢者福祉事業、障がい福祉事業と5社を経営する身でありながらプロレスラーになる夢を捨てきれず、昨年5月の愛プロで35歳にしてデビュー。年商30億の社長が、歯を食いしばって兼平大介率いる石川プロレス勢と最後まで闘う姿を見せた。和氣洋輔のゴッチ式パイルドライバーに沈む。


入場ゲートがないため、選手は階段かエスカレーターを降りてから有料入場者ブースをかき分けてリングへ。最初にエスカレーターを使ったのは阿部史典とウナギ・サヤカ。


そして乱闘をおっ始めたのはこのお二方。いずれもコブラツイストで往復。テレビ塔があるため、必要以上のいい絵ヅラとなります。


阿部はお卍固めで一般人・澤宗紀に勝つと(ウナギがジャングル叫女をカット)、夜に新宿・京王プラザホテルでおこなわれるUP TOWNに出場するべく東京へ向かった。一般人さんの眼鏡を奪ったウナギが眼鏡っ娘に。


小仲=ペールワンの入場シーンもテレビ塔をバックに決めると神秘性が増した気が。そのペールワンと青木真也の顔合わせが見られるのも愛プロならでは。


世界の青木真也が栄の野外で闘う日が来るとは…本人はけっこうノリノリでした。青木と肌を合わせることができたのは、名島アリにとって財産だ。


スポルティーバ生え抜き第1号の彰人が、完璧足4の字固めでアリをタップさせた。実家を守り続けている後輩の成長ぶりを味わい、嬉しそうだった。


愛プロと並ぶ名古屋のブランド「今池プロレス商店街」をけん引するマグナム今池が来年6月20日に引退。同大会に新根室プロレスのアンドレザ・ジャイアントパンダの参戦が発表される。今池でマグナムとノリ・ダ・ファンキーシビレサスが映画『無理しない ケガしない 明日も仕事!新根室プロレス物語』を自主上映したことで関係性ができた。

そしていよいよセミファイナルの大舘vs丸藤戦。試合前の煽りVで丸藤が言った「やるからには全力でいきます。覚悟しておいてください」のメッセージを、入場前に大舘がビジョン横の階段の上で聞いていた。


セコンドに先導され、杖を突きながら歩を進める大舘。対する丸藤は客席を煽りながら登場。丸藤正道、名古屋のド真ん中に立つ!



そしてこの一戦にはもう一つの物語が。中学2年生でスペシャルリングアナウンサーを務めたTAISEI。小学5年生で患った脳梗塞を乗り越えてリングアナの修行を積み、丸藤からの「いつかリングで会おう」のメッセージに夢を抱き続け、しっかりと「丸藤正道ーっ!」とコールした。


幼き日からプロレスラーになりたいと夢見ていた大誠
そんな大誠は小学五年生で脳梗塞を発症
治療とリハビリに取り組みながら病気と戦っていた
小学校6年生の時、お母さんに連れられて大誠はスポルにやってきた
話してみると言葉はしっかりしてたので
開始前の握手のさい、嬉しさを隠しきれぬ大舘が笑っているようにも見える。だが、丸藤はいつもと同じ表情。
