DDTの落とし子は、自分の中へ在る「好き」に対し正直だった
11月3日はDDT両国国技館大会へ。2009年8月23日に当時は無謀と言われた初進出を果たして以来、17年間でもう数え切れないほど開催されてきたが、興行全体がシステマチックされこの器でやることに安定感を感じられるまでになった。
あの頃は大会前日まで誰もがバタバタし、ステージセンターに掲げる「DDT」の電飾掲示板を手作業で作る中、発砲スチロールへ埋め込むLEDが足りなくなり、近くのドンキまで買いにいったはいいが全然違う色しかなく、今では絶対やらないがそのまま使って当日はブサイクなものを掲げた。でもそれがDDTらしさの象徴とされた。

これが第1回両国国技館大会で使用された電飾文字。“T”だけ色が変わっている
あの頃の思いを忘れぬようにと、その後もしっかり色を揃えた上で電飾文字は何年か両国大会ごとに使用された。今でも事務所のどこかに保管されているはずだ。来年の30周年には引っ張り出してきてはどうか。

翌年は色を揃えたものに修繕されていた。オープニングの中澤マイケル肛門爆破も、今となっては懐かしい
この日、メインのリングに上がったMAOは、そのブサイクな電飾文字を目に焼きつけた一人だった。中学生時代、みちのくプロレスが好きでザ・グレート・サスケを動画で追う中、知らない団体にも出場していた。
それがDDT初の両国大会。MAOは「世の中に、こんなバカなことをやる大人がいるのか!?」と衝撃を受けた。
「それまでの映像で見ていたものとはまるで違うものが展開されていて、初めて大人って面白いと思えた。当時はなりたいものもなかったし、大人嫌いなところもあって。アダルトチルドレンにとって“ピーターパン”っていうワードがまた刺さったんですよ。しかも、やっているのが社長っていうのも面白いじゃん!って思えた。それで始めたのが(YouTubeの)『中学生プロレス』だったんです」
中学生が自分たちでやるプロレスごっこをYouTubeで流していたところ髙木三四郎の目に止まり、接点ができた。つまり、MAOはDDTの“面白いもの”がプロレス業界にも浸透し始めた高度成長期入り口の直撃世代となる。
その団体を見て好きになった人間が、のちに入ってきて自分が体現するようになる。それが連綿とつながっていくから、代替わりしてもイズムは息づき続ける。
竹下幸之介もそうだったが、アスリート力が高いがゆえにむしろ別のカテゴリーを築いた先駆者的存在となった。MAOもそれ以後の世代だが、早い段階から「あれがやりたくてDDTに入った」というのを前面に出しており、現在の認知へとつながる。
「ひとことで言えば意外性ですね。僕はけっこう斜め上のものを心がけているつもりなので、試合もそうですけど立ち位置もそういうところにいたいです。見る側が想像できないことをやってみせる、ダークホースのような存在。ダークホースがエースに勝った方がインパクトあるじゃないですか。たとえば僕が樋口(和貞)さんに勝ったらみんな驚きますよね?」
これはデビュー2年目の2017年、DNAにおける立ち位置について語った時のコメント。その頃からMAOは自分のカラーを「意外性」に定めていた。彼がすごかったのは、それを貫きながら団体のメインストリームを担うことになった事実だ。
本人がよく口にする「MAOだから許される」は、そのままDDT内における信用を表している。このタイトルマッチ前に「両国のメインでハチャメチャなことをやる」と言ってもストップをかけず(今まで団体としてやってきたものを思えばかけられまい)、ともすればビッグマッチのメインイベントにふさわしくない内容になる危険性をはらんでいてもそれで勝負しようという態勢で臨んだ。
MAOだから許されることであり、またむしろDDTだからやれるビッグマッチとも言える。こういう場合は、一人でそれを望んでも形にはならない。プロレスは相手があって成り立つものだ。
共通の方向性、価値観を持つ者同士でなければ体現できないから、これまではそういった試合はなく、従来のビッグマッチ、メインイベント、団体最高峰のタイトルを懸けた試合という枠を外さずにおこなわれてきた。それを壊そうとしたのが、あの頃のDDTを見ている人間であり、また同じことに喜びを感じる男が同時代にいた。クリス・ブルックスだ。
MAOがサスケへ引っかかったように、クリスも同じみちのくプロレスの愚乱・浪花が好きだったことを先日のインタビューで知り、驚かされた。そこからすでに二人の人生がクロスするのは決まっていたのかもしれない。日本のプロレスを愛したクリスは、当然のごとくあの頃のDDTを知っている。
年齢こそ6歳違うが、自身を形成するバックボーンが丸被り。そんな二人は“BAKA”をキーワードにこの両国を煽り続けてきたわけだが、いざフタを開けるとそれが煽りでもなんでもなかったことを我々は知る。

先に入場する挑戦者・クリス。だが、いつの間にか背後のゲートに登っていたMAOは、そこからムーンサルト・アタックで先制

そのまま3分ほど場外乱闘が続けられたが、正式なゴングは鳴っていない

ようやく両者がリング内に入ったところで、改めてベルトの一時返還がおこなわれ、開始のゴング。この時点で通常の無差別級戦と違う

ところが、開始のゴングが鳴らされるや同時に二人はきびすを返し再び場外へ。あとはもうメチャクチャ
下北沢のバーで夜な夜なやり続けてきたミニマムな表現を、両国国技館という大きな器に持ち込む。会場の規模によって同じアプローチも違う作品と化す。まだ映像を駆使した表現が主流でなかった頃から、マッスル坂井は「この手法を日本武道館や横浜アリーナのといった大きな会場でやったらどうなるかを見てみたい」と言っていた。
クリエイターほど“場”というものを重視する。MAOもクリスも、だだっ広い公園で遊び回る子どものようだった。

ゴムパッチン攻撃を両国国技館ならではの遠い距離で敢行するべく2階席から引っ張ったものの、ゴムが切れてしまうBAKAっぷり。再トライで成功させた


ステージのサイドからドラマティック・ドリーム号を持ち出したMAOは、設置されたステージの高い位置でクリスを跳ね飛ばす。これも両国のような広い会場でなければできないBAKAな行為だ

いったんはリング内に戻ったものの、またすぐ場外へ出ようとする二人を、松井幸則レフェリーが「いい加減にしろ!」とばかりに止める

だが、リング内での攻防に移ったせいで松井レフェリーは巻き込まれレフェリー不在に。無法地帯と化したからにはさらにやりたい放題となる


プラスチックボックスを持ち出し派手な殴り合い。さらにはそれを敷きつめた上への雪崩式ダブルアーム・スープレックス。ほとんどハードコアマッチだ

松井レフェリー不在の中、サブレフェリーとして飛び込んできた木曽大介レフェリーだったが、これも巻き込まれてしまう。MAOが飛びつきカッターを狙ったところでクリスが位置を入れ替えたため、このような状態に。再び無法地帯となる中…


怪獣ビッグバトルのDr.CUBEが現れたと思いきや、中身はなんとザック・セイバーJr! クリスとの関係性を思えば、BAKAなことの一つとして登場するのは必然とも言える

さらに暗転から登場したのはヨシヒコ。元IWGP世界ヘビー級王者のザックと対峙するという、新日本ではあり得ない光景が

2人のレフェリーが使えなくなる中、レフェリーを買って出たヨシヒコ

しっかりとカウントも数える。まるでフォールにいった選手の意図が投影されるかのような高速カウントだった