その日、主役となった2人に共通するDANSHOKU NEW ATTETUDE
工藤めぐみ40周年記念大会パンフにまつわる話を書いている間に気がつけば朝となり、10月18日は昼・DDT後楽園ホール→夕・渡辺壮馬闘道館トークライブという行程だったのですが、イベント用の機材(ミニシンセ2台と音出し用PC、HDDなど)を入れたキャリーバッグが小象なみのデカさで後楽園ホールへ持ち込めないため、一度巣鴨に寄って荷物を置く必要がありました。なので早めに起きるべく、2時間ほど横になって再起動する。
おかしいなあ…パンフ作業が終われば解放されるはずが、あまり変わらない時間の使い方。結局のところ、忙しかろうが暇だろうがその人の生活のリズムというのはあまり左右されず、姿勢の問題だと。ま、そういうこっちゃ(TARUさん)。
幸いだったのは、巣鴨から水道橋は都営三田線で一本。機材を置いて20分後ぐらいには後楽園ホール南側最後部にいたと思われる。男色先生と武知海青がカラむ第2試合の6人タッグマッチは、開始前に松井幸則レフェリーがリップロックの誤爆を浴びて失神状態となる中、あちこちで場外戦が繰り広げられどんどんアイアンマンへビーメタル級王座が移動していく展開。

狙われたTHE RAMPAGEな唇。だが、なんとか守り抜く

しかし、こちらの方はガッチリとロックオンされてしまった。阿鼻叫喚の悲鳴が(実際は笑いしか)

ドサクサに紛れて北側ステージスペースからダイブする武知海青

乱闘が北側に移ると、その場で旧・武知海青と現・武知海青がダンス。えー、まだ試合は始まっておりません
それが10分から15分ぐらい続いた揚げ句、武知が平田一喜を逆エビ固めにとらえたところでレフェリーが蘇生。この時点でキャンバスをバンバン叩いており、ようやく開始のゴングを鳴らしたあと即座にギブアップを獲って終了。試合タイムとしては0分1秒で武知の勝利という形。

場外戦からリング内へ戻る→2人でダンスを始める→そのまま戦闘→すぐさま逆エビを決める→高速タップ→レフェリーが気づいて開始のゴング→間髪入れず終了のゴング
これは2004年8月17日、新日本プロレス後楽園ホール大会の鈴木みのるvs菊タロー戦(ゴングと同時にスリーパーホールドで絞められた菊タローが高速タップ)と並ぶ史上最短決着時間となるが、多人数いて…つまりは救出される可能性が高い中でのこのタイムというのがよりすごい。しかも平田は元KO-D無差別級王者として団体最高峰の座に君臨した男。
それをたったの1秒で破った武知はどんだけすげえんだとなる。今後は“元KO-D無差別級王者を1秒で倒した男”武知海青として、芸能界でも名乗っていただきたい。

敗れた平田が力尽き、ロープに引っかかる中、武知は先日の「MUSCLE &」を欠場してしまったことをお詫び

そしてスーパー・ササダンゴ・マシンに「もう一度やらせてください!」と嘆願。改めて武知のいるマッスルは見られるだろう
セミファイナルでは、事前インタビューをおこなった彰人が新日本プロレス・田口隆祐のDDT UNIVERSAL王座に挑戦。これまで、何度となく彰人のターニングポイント的試合は見てきたが、今回が一番“時は来た!感”を覚えた。
その実力を思えば今となっては当たり前のように受け取られるだろうが、デビュー時の彰人の境遇と照らし合わせると、メジャー・新日本でキャリアと実績を重ねてきた選手と一騎打ちで渡り合うなど、夢のシチュエーション。しかも、自分の世界観をしっかりと体現する展開を田口相手に描いた。

ロープに固定しての両脚へのドラゴンスクリュー。このような脚攻めは、新日本でも使い手は限られると思われる

脚関節へこだわりを持つ者同士として田口と対戦したかったという彰人。実際に自分のレスリングで追い込んだが…
名古屋から東京へ出てきてDDTに入団した以後、彰人は自身のレスリングスタイルに迷いが生じた時期もあった。その時に「彰人くんは今のスタイルを磨いて、脚関節版のヴォルク・ハンになればいいじゃない!」と、この道を変えずにいくよう助言してくれたのが男色先生だった。
それが現在のDDTにおいて唯一無二のスタイルとなっている。バリバリの道場論のもと成り立つ新日本に対し、かつてのDDTは別の価値観で存在意義を見いだしていた。
今では、DDTの選手が技術で新日本の選手と渡り合えるようになった。もちろん、それは田口が彰人の求めているものに応じたからでもある。

田口のヒザ殺しもバリエーションが豊富だった。普段は自分が相手に対しやっているようなことを彰人が味わう
両者のやりとりを見ていると、いわゆるDDT的テイストはむしろ田口の方がかもし出していいた。そこが面白い。
DDTのファンも、そういう位置づけで田口をとらえ、そして受け入れた。普段は海外に住んでいるので言葉は違うが、正月には実家に帰ってくると親戚一同に迎え入れられるおじさんのようなポジションだ。
今の認識なら、超日本プロレスのエースが永田裕志のように、田口隆祐がDDTでそういう存在となってもなんら違和感がない。実際、実績に加え団体のカラーを体現する立場の担い手にふさわしいものを見せ続けている。
それは、男色先生よろしくお尻を出すからといった表面的なムーブによるのではなく、存在そのものがDDTと合っている。意図的に歩み寄らずとも、そうした要素が手駒の一つとしてもともと備わっていた。
これが自分から寄せたら、逆に違和感が生じる。DDTらしさの中に、まるで行間のごとく挿し入れられる新日本の匂いが、またいい塩梅なのだ。

最後は通常のオーマイ&ガーアンクルではなく、クロス式アンクルホールド
だからこれまでの須見和馬、アントーニオ本多戦も含めて勝った直後の印象は「新日本の田口、強し!」となる。この絶妙なバランスを体現した上でいい作品を生み出し続けられる者が、ほかにどれほどいるか。