キミは番場蘭を知っているか
「大盛軒」にいったのが夕方だったため、お腹が満たされたまま夜になりこれは晩飯を食べなくてもいいわとPCに向かっていたところ、知り合いからLINEが。最初は通知しか見ず「いきましょう!」とあったので、また飯の誘いだなとタカをくくる私。
数分後、アプリを開けるとそこには衝撃的なリンク先が貼られていた。ある方が「おれたちの上海小吃が年内閉店との噂の真偽を確かめるべく玲子に直撃したところ少なくとも蟹の時期(=来年1月頃まで)は営業を続けるとのこと」とポストしているではないか。
上海小吃(シャンハイシャオツー)は、間違いなく歌舞伎町でもっとも多く足を運んだ店だ。活動の拠点を新宿周辺へ移して以来、もう20年はお世話になっている。
歌舞伎町のディープな店ということでメディアにも多くとりあげられるが、世間的に知られる前から映画関係者や作家、編集者などがよく利用し、店内に飾られているポスターを見てもわかる通り、生前の今敏監督もひいきにしていた。サソリとか牛のペ●スとか、ゲテモノ的なメニューばかりがよく紹介されるが、炒飯もピータン粥も豆腐の細切りも、ちゃんとフツーの料理がおいしい。上海蟹をカジュアルに食すことができるのもいい。
お会計はいつもざっくりした額を言われるのだが、それが合っていようがいまいがあまり関係ない。客は、そういうことも含めて玲子ママとのやりとりを楽しみに来ている。
なぜなのか、我が家は昔から玲子さんによくしてもらった。何歳トシを食っても呼び方は「お兄さん」「お姉さん」で変わらず。以前は店の中にブスミミという猫が居ついていたので、プードルやチワワを連れていってもウェルカムだった。
中国からやってきた玲子さんのことは、いつかドキュメンタリーを書けたらと思っていたものの、同じように狙っているライターや編集者はゴマンといるはず。あれほどの方が書籍になっていないのは、おそらく本人が望まぬのだろう。
とにもかくにも、上海小乞がなくなったら…いや、玲子さんがいなくなってしまったら実家を失うような喪失感に見舞われるのは不可避。これは近く、店にいって話を聞かなければなるまい。
このポスト、界隈に与えたインパクトは大きかったようでXの「本日のニュース」にもまとめられた。いや、これは閉店前に『情熱大陸』で追うべきだろ。

突然の報に揺らぐ心を救ってくれたのが、Threadsからたどり着いたYouTube動画だった。それは、昭和の野球アニメ『侍ジャイアンツ』の主題歌をAIによりカヴァーしたMVで、番場蛮が女性に置き換えられ魔球を実写風に描いたもの。
女性は、その名も番場蘭。曲は第2期のオープニングナンバー『王者!侍ジャイアンツ』…野球地獄で男を磨く、あの名曲だ。
ゴリゴリの男臭いヴォーカルと歌詞を女声で歌う? 聴くまではいぶかしげな私だったが、MVを見るや一発で持っていかれた。まず、動画の描写のクオリティーに圧倒される。本当に、番場蛮の動きが実写化されたようにしか見えないのだ。
数ある魔球のうち、そこにはハイジャンプ魔球と大回転魔球が出てくる。もしも現実でそれを目の当たりにしたらこういう衝撃を受けるのかと、実体験感覚に陥った。何よりも、ハイジャンプの踏ん張り方や高さがアニメ以上にリアルっぽいのが秀逸。

そこまで現実感に溢れているのは、番場蘭の体のフォルムがまさに番場蛮だからだ。線を細く描いたら、どんなにジャンプしようが、どれほど大回転しようが番場蛮にはならない。野球女子らしい、下半身がどっしりとした体型ゆえアニメで見たあの質感になり得る。
とはいえ、魔球以上に通常のボールを投げる時のフォームが番場蛮らしく。その方が恐れ入った。たとえとして適切ではないかもしれぬが、現ハヤブサを見ているのと同じ感覚だ。

それを思うと、現在のハヤブサはAIの域に達していることになる(これは賞賛の意味)。番場蘭も、振りかぶった時に背番号4が見えるところが“先代”そのものなのだ。
これは、作者の中にある“好き”を最大限に注ぎ込むとこうなるという、良質のオマージュ作品だ。もちろん原作に対する敬意とリスペクトが下地となっているが、突き動かしたのは“好き”によるパワーだったはず。
加えて映像に劣らぬほど…いや、個人的には映像以上に刺さったのが曲のアレンジ。AIによる女性ヴォーカルにもかかわらず、実にしっくりくる。
サウンド自体もAIにありがちな軽さや薄さがない。この声、この歌唱スタイルだからこそ動画の動きがより映える。
コメントを見ると、みな番場蘭に感情移入してしまっていた。機械的な匂いがせず、実在する女優が演じているとしか思えない。それほどの完成度なのだ。
どのシーンも現実感しか湧かず、何か呼び覚まされたかのように何度も見るうち涙が止まらなくなった。まさか我が人生で、AIによる歌を聴いて泣く日が来るとは思わなかった。
ノスタルジーとも違う。そこに、受け継がれたものを見てしまったのだ。それがなんなのかと考えていると、コメント欄に「番場とリカの娘やないか?!」とあった。そうか、これだったのか。
理香とは原作で番場蛮があこがれる女性。コミックでもアニメでも結ばれた描写はなかったのだが、確かに2人の子だと思えば体のフォルムも投げるフォームも生き写しとなるのは当然。実はこのMVの冒頭は、バイクを乗り回す理香のシーンを番場蘭が再現している。
それも相まって、勝手に2人の娘と頭の中で位置づけてしまい涙が止まらなくなったようだ。作者によると、番場蘭のイメージは若い頃の志穂美悦子なんだとか。そこに力強さやクールビューティーといった要素を盛り込むうちに、番場蘭のヴィジュアルができあがったという。
このAIによるMVは1ヵ月で100万再生を超えた。さっそくそれを記念したMVも製作され、そちらではリクエストの多かった分身魔球を披露している。
本編の方には眉月光や「今おまえを殺したら、あとの楽しみがなくなる」の名ゼリフで有名なウルフ・チーフといった番場蛮のライバルも登場し、記念MVの方では女房役の八幡太郎平先輩が分身魔球を受けている。AIエラーなんぞ語るのが野暮。作品として世に放った作者・AI EXP LABさんには最大級の賛辞と感謝しかない。
これはもう、一日30回は見ないと物事が進まなくなった。エライもんと出逢ってしまった。作者の方は続編を求められているが、おそらくこのよさはいくつかあるOP&ED曲の中で『王者!侍ジャイアンツ』をセレクトしたのがハマったのだと思う。
「ズンタッタターズンタッタ」や「風を呼び、雲を呼び、まかり通る」を番場蘭の声で歌ったらどうなるかは今のところ想像つかぬが、やってみて「これは違うな」と作者自身が思ったら、無理して世に出さなくていいのではないか。また『野球狂の詩』の水原勇気Ver.を見たいとの声も多いが、もともと女性投手であるだけにむしろハードルが高い気がする(作者は野球狂の詩を見ていなかったらしい)。
過剰に求めることなく、番場蘭という愛すべきキャラクターに対し思い入れを持ち続けられるのがベストなのだと思う。これからも作者さんは、自分の中にある“好き”の感情を大切にしていただきたい。本当に、見事なオマージュ作品をありがとうございます。
【本日の鈴木健.txt執筆情報】DDTオフィシャルサイト:MAOインタビュー「BAKA GAIJINでやってきたミニマムなことを両国国技館の大舞台で…MAOにとっての『クリスはメチャクチャの切り札』」
すでに登録済みの方は こちら