還暦祝いのお店が純烈ロケ地だった件
高田馬場は専門学校時代の3年間、通った街である。山手線早稲田口の改札を出て、明治通り方面に向かう早稲田通りを直進し、都電(現在は東京さくらトラム)学習院下まで15分ほど歩いた。
校則が厳しくどこにもいけなかった高校時代から解放されたのはよかったのだが、まだ学生ゆえにまあ金がない。東西線出入口の地下に存在した喫茶店・白ゆりでアイスコーヒー1杯を頼み、あとはそこに水を継ぎ足して何時間も友人と生産性ゼロのダベりをするのが、唯一の青春っぽい日常であった。
当時あった山田うどんにて、有線で流れた『Get Wild』のイントロにバットで頭を殴られたような衝撃を受け、2010年代には駅前ロータリーから望めた大型ヴィジョンに映し出された『Kick It Out』のMVが、BOOM BOOM SATELLITESの入り口となる。そう思うと、高田馬場は音楽方面での偶然が多い。P-MODELのコピバン演奏会をやったのも、今はなきライブハウスのAREAだった。
それらのいずれもが、早稲田通り沿いにおける出逢いだった。学校が早稲田方面にあったことから、逆側の小滝橋通りに出る方はあまり利用しなかった。在学中に短期でアルバイトをした編集プロダクションがAREAの隣あたりだったため、その行き帰りにちょっとさかえ通りへ寄ったぐらい。
その頃、大戸屋がチェーン店展開を始めており、さかえ通りにあった。そこでカキフライを初めて食べたところ蕁麻疹が出たため、アレルギーであることがわかり以後は生涯を通じて口へ入れなくなる。
また、牛丼愛好家の間では伝説のチェーン店として知られる牛丼太郎もさかえ通りにあり、一度だけ入ったが、それぐらいの縁。そうだ、週刊プロレスのアルバイトを始めてから通りを抜けて新目白通り沿いにあったプロレス評論家・菊池孝さん邸と、漫画家・河口仁さんのマンションに原稿を受け取りにいったな。
何年か前、純烈のYouTube chで在籍中の小田井涼平さんと、後上翔太さんがその付近を散策する番組があり、それを見て「いやー、このへんも変わったなー」と思ったものだった。30年も時が流れたら、変わらない方がおかしい。
この数年はニコプロの番組「どーのこーの」の食リポ(と言っていいのかどうか)ロケでBIG BOXにいくぐらいだったが先日、編集者であり音楽ライターの美馬亜貴子さんに「還暦祝いをやりましょう!」と誘っていただき、JR早稲田口改札で待ち合わせする。何やら、連れていきたい店があるとのこと。

美馬さんから還暦祝いとしていただいたボケ防止用のアイテム。10種類の葉物野菜がプリントされたカードだが、現時点ではパッケージにある3種の見分けさえついていません
美馬さんとは音楽の嗜好が約7割(当社比)は被るため、YMOやP-MODEL/平沢進、KRAFTWERK、JAPAN、BOOM BOOM SATELLITES、そして何よりもPOLYSICSの話題を好きなだけ振っても嫌がられない限られた存在。この日も、前日に見た忌野清志郎の映画について報告しなければと勇んでいた。
編集者は人との付き合いがあってナンボだから本当にいろいろなお店を知っており、よく連れていっていただいている。今回は、さかえ通りの繁華街を抜けたところにポツンとあった街の洋食店「キッチンニュー早苗」である。
