チームOBAKAといった夏の甲子園の追憶

リングトラックで和歌山から向かったあの日、一番おいしかった物は…
鈴木健.txt 2026.08.19
誰でも

8月18日は前日に取材したDDT・佐藤大地のインタビュー起こしで外に出ず。というわけで何かストックネタでも書くかなと思案したところ(そういう時ぐらい休んでもいいのに一日も欠かさず書き続けており、例によって無駄な義務感が発令)、夏の全国高校野球選手権も準々決勝を迎え佳境に入ったので、甲子園にいった時の思い出なんぞを書いてみようかと思い立った。

私は生涯で2度、甲子園に高校野球を見にいっており、春と夏の1度ずつ。最初は1980年の春で、中学3年になる前の春休みを利用し大阪の伯父(松下電器=現・パナソニック勤務)の家へ一人でいき、連れていってもらった。要は高校受験を前に、遊びに来いといういうわけだ。

theLetterにも書いた通り、毎年春夏の甲子園は欠かさず見ていたため、一度は生で観戦したいと思っており願いがかなった。そのわりにはどの試合を見たのかほとんど憶えておらず、かすかな記憶をたどると平安高校の試合だった気がする。それを元に記録を調べたところ、1回戦の平安vs上尾と、そのあとにおこなわれた帝京vs北陽の2試合を見た…はずだ。

一度見て満足したのと、東京からだとおいそれといけないので以後は甲子園へ足を運ぶ機会がないまま時はすぎる。そんな中、ひょんなことから見にいくこととなったのが2000年の夏。

当時、週刊プロレスの記者として全国を飛び回っていたのだが、大日本プロレスの和歌山県立体育館大会から翌日にはFMW大阪府立体育会館第2競技場大会へと流れる出張があった。大日本の取材を終えたあと、翌日に大阪へ出ることを登坂栄児統括部長(現・社長)に話すと「僕らも明日は大阪方面に出るんで、リングトラックの助手席でよければ乗っていきませんか?」と誘っていただいた。

選手バスやリングトラックに乗って移動する機会などそうはないから、私は面白そうだという理由だけで「お願いします!」と飛びついた。翌日早朝、看板選手であり登坂部長とは選手とフロントの関係を超えた間柄で「チームOBAKA」を名乗っている山川竜司選手がハンドルを握るトラックで出発…したところ、いきなりブチョから「車内のエアコンが壊れているので窓を開けていきますね」と魔さかのインフォメーション。

エアコンが効かないって真夏ですぜと言いかけたが、どうやら大日内文化ではクーラーやヒーターが効かないのは日常のようだ。あまりスピードが出ず、ガタピシと聞き慣れない機械音を立てながら大阪方面に向かい高速道路を疾走するトラック。その間、ブチョとヤマリュウは子どもの遠足のように楽しそう。

バカ話でゲハゲハしていたと思ったら、その流れのまま口論となり、さらに途切れることなくまたくだらない話で盛り上がるのループ。それぞれに別人格があり、4人が喋っているような内容なのだが一秒たりとも会話は止まらない。これが二人の呼吸なんだなと思った。

お二人とのお付き合いは現在も続いており、2022年3月にはトークイベントもやらせていただいた

お二人とのお付き合いは現在も続いており、2022年3月にはトークイベントもやらせていただいた

小学生の頃は夏に福島の田舎へ乗用車で帰る時、必ずと言っていいほど車酔いしたので窓を開けて風通しをよくしたことはあったが、トラックとなると窓も大きいのでドアそのものを開けたまま走っている感覚。なので、思っていたほど暑くはなかった(かといってけっして涼しくもない)。

そんな高速爆走も終わりに近づいたあたりで、ブチョが一つの提案。「予定より早く着きそうなんで、このまま甲子園にいきません?」

登坂氏が野球好きというのは聞いていなかったが、暑さのあまり気分がハイになり、ノリでいこう!となったと思われる。それに対し、山川選手もよく考えることなく「いいね!」と同調。もちろん私は20年ぶりに甲子園へいけるとあれば、異論などあるはずもない。

かくして我々一行は大阪方面から方向転換し、兵庫県の甲子園へと向かう。そして近くにトラックを止めると、外野席を購入しレフトスタンドへ。

この時もどんなカードだったが記憶にないのだが、ウィキペディアを見たところ時間帯的にはその日の第3試合になるから松商学園vs樟南のようだ。まあ、気分的には甲子園の雰囲気を味わいに来たようなものだから。

そしてこの時、甲子園名物の「かちわり氷」を初めて口にする。エアコンの効かないトラックへ何時間も乗っていた体に、その冷たさが山の湧き水のごとく清らかに染みわたる。単なる氷水が魔法のようにおいしかった。おそらくそちらの印象の方が強烈だったこともあって、試合の方はロクに憶えていないのだろう。かちわり、名門・松商と樟南に勝つ!だ。

私の方が夜の取材に向かわなければならなかったため、1時間ほどしか球場内にはいなかったと思われる。それでも登坂さん、山川選手と甲子園にいけたのはいい思い出として残っている。

実はこの日、大日本は移動日で、翌日は同じ兵庫県内の加古川での大会だった。だからこのまま、目的地へ向かえば早く着くのに、逆方向の大阪方面まで乗せていただいた。そして、さんざん汗をかいたのでスパにいこうと、なんばの隣駅・桜川に当時あった「サウナ&カプセル天然温泉スパディオ」へ直行。

甲子園のあとに入る温泉は格別だったが、一人だったらそれほど楽しめなかった。やはり二人と一緒だったからよい旅路となったのだ。

スパからすぐのところにある府立まで送っていただき、チームOBAKAは一路兵庫県へと向かった。若い頃に、このような経験をともにした方とはちゃんと関係性が続くもの。

登坂さんも部長から社長となり、こういうことへ時間を割くのが難しい立場になったと思われる。それだけに、あの日のことが私と同じように、よい思い出として残っていれば嬉しい。

というわけで今回、この話を書くために日付を調べた。取材にいったということは、当時の週プロバックナンバーを見れば載っている。えーっと、大日本和歌山大会のリポートは…8月17日。ということは、甲子園にいったのは翌日だから…8月18日!? 今日じゃん!

なんと、書こうと思い立った日と同じというTHE POLICEばりのシンクロニシティー。あれからちょうど26年経ったことになるのか。このレターを登坂社長と山川竜司さんに送るとします。

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