17年前の両国初進出でメインに立たなかった男が

負けたことで相手の価値が上がる…上野勇希もその域に達した
鈴木健.txt 2026.08.12
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8月11日、DDT両国国技館大会を取材。長丁場が予想されたため、今日も「おにまる」へ寄ってから向かう。祝日で周辺の会社は休みにもかかわらず、本日も変わらぬ盛況ぶり。

ダークマッチなしの全11試合。2Fスタンド席最後部から見たが、そこまで届いたと思える反応が特にあったのは男色ディーノvsYAMATO戦と、田口隆祐の一挙手一投足。セミやメインは、やはりじっくりと見る姿勢だった。

ディーノvsYAMATO戦はヨースケ・サンタマリアの乱入もあり阿鼻叫喚な試合に

ディーノvsYAMATO戦はヨースケ・サンタマリアの乱入もあり阿鼻叫喚な試合に

試合内容、マイク、ダンスとあらゆる要素で役者の違いを見せつけ、DDT UNIVERSAL新王者となった田口

試合内容、マイク、ダンスとあらゆる要素で役者の違いを見せつけ、DDT UNIVERSAL新王者となった田口

上野勇希vsMAOのKO-D無差別級選手権試合は2度目の両国国技館メインにして、戦前にそれぞれの物語性が本人たちの口から明かされていたため、それを前提に見られたと思われる。その中で、あくまでMAOとのストーリーに忠実だった上野に対し、MAOは上野との関係性だけでなくこれまで自身が歩んできた道、影響を受けた人間、表現してきたこととまさに集大成的なプロレスを展開。

ムーンライト・エクスプレス時代の盟友であるマイク・ベイリーの得意技を出したかと思えば、高梨将弘を思い起こさせるムーブを見せ、エセ骨法と呼んでいた掌打も放つ。それらの技が出るたびに、当時から見続けているファンは感情が揺さぶられる。

かつてのタッグパートナー、マイク・ベイリーの技・アルティマウェポンを出したMAO

かつてのタッグパートナー、マイク・ベイリーの技・アルティマウェポンを出したMAO

プロレスラーにとって、物語は武器となる。その点においてはMAOが上回った。上野を倒し、初めて団体最高峰であるKO-D無差別級のベルトを手にしたMAOは「2009年にDDTが初めてここ両国国技館に進出した大会の髙木三四郎vsザ・グレート・サスケを見て、ここまでやってきました」とマイクで観客へ伝えた。2009年8月23日のあの日、メインイベントはHARASHIMAvs飯伏幸太で、17年後(厳密には16年11ヵ月と19日)にこの大会を見た者の中からプロレスラーが生まれ、チャンピオンになることなど想像した者は皆無だっただろう。

当時は今よりも団体としての規模が小さく、インディーが大会場へ進出するのは無謀とされていた。だから、当日を迎えて無事大会が終了し「本当に両国でやったんだな」という達成感に思考が支配され、未来のことなど考える余裕もなかった。

プロレスは時を経て物事が熟成することを楽しみ、喜びを味わうジャンルである。2009年の両国国技館を知る一人として、それをMAOからいただいた。

MAOにとっての戦利品はベルトだけではない。樋口和貞、鈴木みのる、スーパー・ササダンゴ・マシン、青木真也らに勝ったことで上野勇希はチャンピオンでとして己の価値をどんどん上げてきた。

そんな上野に勝ち、今度はMAOの価値が上がった。自分が負けたことで相手の価値が上がる…それは、誰もがなれるものではない。上野勇希も、そういうプロレスラーの域に達したんだなと思えた。

“ピーターパン直撃世代”として団体の頂点に立ったMAO。一方の上野はベルトを手放したことによってさらなるのびしろを得たことになる

“ピーターパン直撃世代”として団体の頂点に立ったMAO。一方の上野はベルトを手放したことによってさらなるのびしろを得たことになる

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